けめこの綴り帳

不良ばぁばの胸のうち

無題

前の記事の補足やけど

喜んで3回うつ人がおるんか

と思うのです

うちたくないけどうたないといけない

そういう空気しか感じない

 

違和感は

任意が義務になっていること

老人施設に入っている叔母は

うつのが当然になってる

本人の意思はわからんけど

うたないとそこにいられない

子どもだって

親がうたせると決めればうつ

 

「みんながうってるから」

これも立派な理由や

しかし

「政治家がうてと言ってるから」

「医者がうてと言ってるから」

「著名人がうてと言ってるから」

これには気を付けた方がいい

これには逃げ道がある

「私はうてなんて言ってませんよ。ただ、わたしはうちました」

受け取り側が勝手に

あの人がうったから私もうとう、と思っただけ

 

任意のはず

選択の自由があるはず

それができない

それをさせない

それを放棄している

 

うつことで、終息して、世の中が変わる

そうとも思える

うつことで、自分の身体が変わる

そう考える人は少ないように思う

だから

うつことに疑問がないのか

うたせることに躊躇がないのか

 

叔母の3回め

義母の3回め

あれから6ヶ月

なにも変わっとらん、世の中……